白木の柱が左右に並ぶ。
柱だけではない、天井の装飾から床まですべて左右対称だ。
光射す教会の中。
祭壇の前には腰ほどの高さの格子が横たわり、彼岸と此岸を隔てているかのようだ。
その前に、ウェーブの長い髪をたたえたあの少女がいた。
意識して見ると確かに似ている。やはりこの子はヴェロニカなのか……?
彼女は卵を守るように手を組み、無心に祈りを捧げていたが、
あなたに気づくと手を解いて歩いてきた。
触れ合いそうなほど近くまで。
「あなたは誤解をされているようですね。……確かめてみますか?」
眼の前に迫る美しい顔。瞳の中には整列する窓まで映っている。目には光、肌には陰。
少女はあなたの両手をとり、ゆっくりと、自らの首を掴ませた。
少しの力で簡単に折れてしまいそうな、細いその首を。
「わたしが、自分のことしか考えていないとお思いですか」
あなたの心臓が早鐘を打つ。手を離せない。その気になれない。この少女は敵なのか?
「世界に有害な存在だと思うなら、殺せばいい。わたしは、いつもそう命じているはずです」
命じている、という言葉が出てきた。少女は自らがヴェロニカであると認めている?
あなたとクレミエールの会話を把握している?
手に力が入ってしまう。勝手に? 意志に反して? 冗談じゃない。行動の責任を外に求めるのは弱者の言い分だ。
「殺しなさい」
自分を殺せと命じながら、少女は震えていた。小さい口から出入りする息は、荒い。
死の恐怖に慄きながら、それでも殺せと言ってのける。
それを可能にしているのは、一体どんな心なのだろう。
「死にたくないです。助けてほしいです。でもそんなの関係ない。殺しなさい」
そうだ。
クレミエールが悪だと名指し、ヴェロニカ自身まで殺せと言うのなら、とどまる理由は何もない。
情に溺れるな。心の脆さに呑まれるな。大義を志せ。
悪をひとつ残らず根絶やしにするために、罪なき者をも犠牲にできるのが《薔薇の使徒》だ!
一線を超えた。
少女の頭部が急に重くなり、あなたの手から滑り落ちる。
彼女の体は、その服もろとも砂のように崩れて消えた。あなたを蝕む苦しみと共に。
あなたは自分の手を見る。もう何も感じられない。
「合格です。あなたほど強い人はそうはいない」
そして祭壇の上空、青と水色と多色のステンドグラスを背に彼女は現れた。
黒の修道服。腰までうねる金色の髪。あなたを眼差すのは慈母の笑顔。
ヴェロニカ。
「今回の試練を、あなたは見事に乗り越えました。悪夢を。迷いを。自分の心の弱さを。
わたしの見込んだ通り、次の階梯に進むことができます。
あなたは人を導く《薔薇の使徒》を、さらに導くのに相応しい」
あなたは安堵する。心から。
そうだ、いつも褒めてくれるんだ。あなたが使命を果たすたびに。人を殺すそのたびに。
何度でも何度でも、忘れることなくねぎらってくれる。いたわってくれる。
どんな残酷な行いにだって赦しをくれる。こんなに優しい人はいるだろうか?
ヴェロニカ、ヴェロニカ、ああ、ヴェロニカ!
「いい加減にしろ」
あなたは右手の甲の、薔薇を掲げて吐き捨てる。
「善悪を、お前の都合で裁くための装置がこの紋章か!」
あなたは自分の心の裏に流れていた辻褄合わせを、ようやく認識することができたのだ。
おぞましい……ここまで入り組んだ精神操作にかけられていたのか!
ヴェロニカは笑った。やさしく。やさあしく。
胸の前で小さく手を叩く。
「よくできました!
その薔薇はあなたたちをこの世界に誘い、力を試す試金石にして首輪です。
力及ばぬ者は犬死にするでしょう。
見事生還できれば、敬虔な《薔薇の使徒》として使命を全うするでしょう。
あるいは……隷従のからくりをも看破して、己の意志に目覚めるか。
あなたは見事覚醒した。私たちと対等に話す資格を得たのです」
まだ喋る。
どこまでも人を馬鹿にするヴェロニカの言葉を聞くのはもうやめて、あなたは臨戦体制に入る。
「では、最後の試練です」
ヴェロニカはあくまで教導者の姿勢を崩さないまま、両手を開いた。
それぞれに光が灯る。いずれも強大な、性質の異なる二種類の魔法だ。
「立ち向かいなさい。あなた方を侮辱してやまない、わたしを見事打倒しなさい。
このヴェロニカがそれを赦します」
――呼吸を整えよ。剣をその手に取れ。交戦だ!