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ブレイドロンド 剣の伝承
〜Blade Rondo〜
No.01 斬撃剣(クレミエール)

かつて魔法使いたちが人間であるという自認を捨てたように、クレミエール・ロンダルキアもまた魔法使いであるという自認を捨てる。彼女が親しんだ人間社会は、魔法使いたちの脅威に怯えていた。クレミエールは人間たちを助けたいと思った。そのために、伝承に生きる存在「イデア」に目をつけて大規模な魔法の儀式を執り行う。儀式が創り上げたのは《剣術》なる新しい力だ。イデアと通じることでさまざまな現象を引き起こせる、人間にも使える力。彼女の設計した《剣術》は人界にばらまかれると、これを使いこなす《剣術使い》が次々と誕生し、魔法使いに対抗できるほどにまで発展した。人間と魔法使いの武力が拮抗したところでクレミエールは争いを調停し、共存繁栄および世界秩序維持を目的とした組織《ローズ/Rose》を設立する。クレミエールの死後、あなたが読んだこの記述がそのまま伝承に、彼女自身はイデアとなる。

彼女を呼び出す剣の名は《斬撃剣》。

No.02 舞踏剣(シャンヌイ)

イデアになるものに多いことだが、シャンヌイもまた周囲には理解しがたい性向を持っていた。その夢想的な王女は己の美を完成させるために国も人生も利用した。彼女が伯爵の息子に情熱的な恋を捧げ、しかし親友にこれを譲り、しかも命を賭けて二人を守ったのは、少数の主役で悲劇を完成させるためであった。怒れる父王が親友に差し向けた刺客たちを双刀で切り裂いて、血しぶきは計ったように円を描く。

No.03 闇黒剣(ウミ)

兄が黒野宇美に苛烈な嫌がらせを行うのは、妹がそれを望むからである。一方で黒野宇美が進んで悪逆非道を行うのは、兄に倣ってのものである。彼女が斬り殺したエルフたちの中に占術師がおり、今際に呪いをかけられた。

「人の心をどぶに捨てたお前に安息はない。お前が死ぬときは闇のなか、誰にも看取られず、喉を掻き毟って嗚咽するだろう」

認知操作に長けた兄は妹にかけられた呪縛を解析し、物語を用いて妹を死なない存在に変えてしまう。どちらから先に歪んだか知れないふたりは魂を際限なく解放し、禁忌の領域にまで邁進するのだ。

No.04 お気の毒の刃(ヴィエラ)

狡知に長け、数々の謀略を生き延びた女暗殺者ヴィエラにもやわらかい一面はあった。何も知らずに料理屋を経営している男との恋である。ヴィエラはここでも謀略を用いて、デーデルタの階段で奇跡的な出会いを演出して男と馴れ初めた。

想い叶った夜、男がこしらえた芋と鶏肉の煮込みスープの皿を見ながらひとつの可能性に気づく。この男が自分を謀っている万が一の可能性に備えて、男の分にだけ毒を振りかける。

No.05 意志砕きの鉈(デイジーデイジー)

自由を謳歌する生き方において、デイジーデイジーを超える者はいないだろう。自由同士が衝突するとき、常に彼女は勝つ側にあった。そして頑なに孤独を守る一人の魔女と出会ったとき、デイジーデイジーはその心を開かせようと決意した。

7枚のカードの勝負を挑み、自分が勝ったら一杯付き合え、負けたら世界中から溜め込んだ宝を何でもやると宣言する。魔女は相手の愚かさにほくそ笑み、宝を次々と奪っては女頭領の盛大な失意を愉しんだ。すべてを巻き上げた魔女が大笑いで勝利の美酒に酔い痴れた頃、デイジーデイジーは目的を達している。

No.06 絶対剣(ハイドレーヌ)

ハイドレーヌは取り分けて敬虔で、牧師ですら比べ物にならないほど神の教えを信じていた。信者たちの暗い顔から大教皇の不徳を看破し、その座に相応しくない愚物を弑することこそが自分の使命と確信する。苦しみの中でも絶えぬ微笑みは太陽のよう、何者にも怖じけない瞳は星のよう、流れる金糸は整脈たる運命のよう、彼女の口から止めどなく紡がれる物語に人々は涙し、それは輝く大剣となって彼女の手に収まった。天使の喇叭が響くがごとき聖なる反逆を率いて大聖堂になだれ込み、うろたえる大教皇の首を刎ね、遺体を高く壁に打ち付けると、民衆に讃えられるなか天冠を頂く。新たな大教皇は希望に満ちた民衆の前で、前任者の失敗は何があろうと必ず、必ず改めると約束した。

「彼は手ぬるかったのだ」

No.07 イグノコスモス(メルティア)

メルティアの朝は自身を整える一連の手続きから始まる。寝息を立てている姉の頬に口づけし、洗面所で顔を洗い、鏡台の前で髪を梳かす。ブラウスを着てスカートを留め、机の花瓶から一輪抜いて窓の小さな花瓶に移す。コスモスに火を灯すと世界にもうひとつの風景が重なり、絹糸のようなマナの流れや極小のノルニルの囁きが唯物論を舞台袖に押しやる。幻視を読み解いて彼女が今日を占うのは喜びに出会えるかどうかではなく、彼女が他人の喜びになれるかどうかである。

No.08 ガウラミアズマ(フリージア)

靴職人の徒弟が、フリージアと出会って恋に落ちた。フリージアは少年を歓迎するものの、触れ合うことだけは頑なに拒んだ。少年は夜を待って少女の家に押しかけるが、少女に触れたその手はおぞましく爛れてしまった。フリージアの奇病はすぐ町中に知れ渡り、いきり立った町民たちは彼女を家ごと焼却する。すると少女の遺体から毒の蝶が大量に飛び出して、町は一夜にして滅んだのだと云う。

No.09 フレアビスカス(プローディア)

プローディアが決して口にはしないものの、密かに誇りに思っている何よりの特技は加減である。火加減塩加減といった料理の精髄、食卓に添えるささやかな贅沢、会話の中での自己表現の露出、言い寄る男のあしらい方。魔女の姉妹を受け入れてくれた街の人々が、心の底では思い思いに魔法の恩恵を期待していることも分かっている。叶えても断っても悲惨な結果になるのは見えてるし、判断を市長に委ねても問題の移転にしかならない。

花屋を営むプローディアが選んだのは、売り物のビスカスを毎日燃やすことだった。その薫りが街を覆っている限り、人々の満足感にはわずかながらの複利が与えられることとなる。

No.10 マナティックルピナス(ミゼル)

ミゼルの幸運は、家に押し入ってきた兵士たちに撲殺されたとき、幼すぎて自身の死すらも認識できなかったことである。死した彼女は滅びた街を飛び回り、動くものと出会うたびに魔法を振り散らかして戯れる。物語に祭り上げられて力だけが増大する一方、当然、生死の分別は獲得していない。

No.11 トリビュートリリィ(ゲルダ)

節くれだった足。焼け焦げた頭部。肌に無数の穴を空けて這い回る蛆。足りない食事。終わらない労働。復唱する隷属の誓い。気を許せない隣人。この世の様々な地獄のなかにあって、無為は恐るべきものではなく蜘蛛の糸の如き希望である。限界を越えた理不尽のもとで最良の処世は心の麻痺であり、復讐心などと前向きな気持ちは終ぞ持てなかった。幸福を踏みにじった存在の正体など思い巡らせることすらない。無限の荒野とそこに散在する死すべきものたち、戦禍が今や遠く過ぎても、それがゲルダの見ている風景である。

No.12 燐灯るエチュード(ゼティ・フォーリンテ)

冒険家ゼティ・フォーリンテにとって、竜は幼い頃からの憧れだった。いつだって経験を外へ外へと押し広げ、幼なじみとの婚姻も蹴って各地を放浪した彼女はその終点を竜と定めていた。秘境ファゴラントス山脈に万全の装備で踏み入り、木の枝にしなだれて寝たりつばめの卵で飢えを凌いだりするうちに妖精と出会う。蜘蛛の巣を取り去ってやると隠れ村に招かれ、進むべき道を指し示すという《道紡ぎのフルート》を贈られた。彼女が慣れない手付きでそれを吹けば、燐光が踊って周囲に広がる。

じつは彼女の目指すものは山脈それ自体であったのだが、理解できないままに彼女は流離う。

No.13 慈しむウィスパー(リリアンヌ)

激化した戦争は、医師見習いのリリアンヌまでも戦地に駆り出した。彼女のささやくような声はたいへん心に良く、極限状況で精神を痛めた兵士たちの救いとなる。戦いが膠着して兵士たちはさらに苦しみ、傷病人は増えるばかりなのに看護の手はあまりに足りない。精神に安寧をもたらす彼女の声を患者たちはこぞって待ちわび、歌はその帰結だった。

No.14 陽光導くカンタータ(ガウニレチカ)

天のもと誉れ高きクオラトス帝国の太陽の司祭を努めるガウニレチカは、双子の妹と共に眠る寝室で夢を見る。古生代に地表を這う蟲。無慈悲で暴力的な溶岩の奔流、海まで流れる泥のスープ。荒野を波立たせるバイソンと、はぐれた一匹に群がる狼たち。砂上に踊る腸、口元を濡らす血。鉄火の発展と共に四方広がる大規模な破壊。略奪し、陵辱し、報復し、滅びた村の血煙を雨が穿つ。

早朝、彼女は目を覚ました。地平からじわじわと染みでてくる陽光を浴びて、良い夢であったと独りごちる。命がこんなにもちっぽけなものなら、安心して天に捧げられるというものだ。

No.15 加速するロンド(スターリィ)

星々の流れるが如く美しき天才魔女スターリィの持つ輝かしい特技のひとつに「再帰」がある。魔法陣を描く魔法陣。魔法によって加速した思考で紡ぐ魔法。語り聞かされた者に語り継ぎたい欲求を喚起させる物語。これらの精妙幽玄たる工夫により、彼女は誰よりも複雑で柔軟な力を備えるイデアとなった。彼女は世界の失策であり、同時に最大の成果でもある。もうほんとすごいんだから。

――スターリィ・ヒルルドリー「スターリィ・ストーリー」

No.16 猛り狂うカデンツァ(リジェカ & フスカス)

貿易によって財を築き上げたポリコロニア家は、母国の敗戦により航路を失ったことで凋落の憂き目にあう。敗戦賠償金のために税も増え、資金繰りに一族が右往左往する中、令嬢リジェカはただ機を待っていた。日頃から虐げられている牛頭の使用人フスカスが、侮辱に耐えかねて暴れだすのを。無能な主人たちを一掃してから怪物の心にぽっかりと空いた穴を、リジェカは容易く埋めてやれた。人間離れした豪腕に抱えられるのは心地よいが、そこに自分を委ねきらないのが支配者たる彼女の資質だ。

No.17 絶命棄却のダイヤモンド(ヴェロニカ)

魔女ヴェロニカの祈りに心はない。あるのは敬虔な修道女を演じる自己演出のみである。羽根を広げたり光を降らせたり、手品同然の小手先の魔法で人々から信仰を引き出した彼女は、自分は死なないと言い残して命を断った。歴然と残った死体にも関わらず、もはや信者たちは彼女の死を認めない。認められる訳がない。死体を崖下に捨てて次の日に教会を訪れると、そこには変わらずヴェロニカの姿がある。

喝采を捧げる参列の中、不幸にも目端の利く少年が親の手を握りながら、ガチガチと歯を鳴らして震えている。

No.18 月光のルチル(ガウニレイエ)

ガウニレイエは夢を見ない。彼女の心は決して波立つことはなく、利害のみを行動原理とする。まるで不合理の塊にも見える帝国の規範にさえ、社会運用の観点から合理性を認める。脅しには損失覚悟で唾を吐きかけるのも、滅ぼすべき者に微笑みかけるのも、正論をしばしば罰して見せることも、すべて計算と理性の元で行っている。姉の夢想的な話もロジカルに読み解けるし、それどころか自分のロジックも司祭らしい言葉に織り変えられる。

ただ、死についてだけは知らない。永遠の未知だ。それが何なのかは知りようもない。しかし帝国という熱病患者の群れのなかで、臆病者に容赦がない姉のそばで、死を恐れても良いことは何一つない。だから恐れない。

No.19 封厄のアゲート(ドドーナ)

――どうぞこの扉だけは開けないでくださいまし。それだけ守って頂けたら、恩寵は永遠にあなたのものとなるでしょう。禁忌にまつわる寓話の類型を拡大解釈し、何もかも見ないことによって無限の恩寵を得ることに決めた、人嫌いの魔女ドドーナ。

No.20 霧紡ぎのパール(ユミーリア)

エルフの女王ユミーリアが生み出した霧は森を包み、侵入者の進路を狂わせてしまうという。
霧は空間を歪めて異界に通じ、ユミーリアがその奥に迷い込んだという話にも多少の信憑性はある。ある旅人がやっとの思いで霧を抜けたら、遠く離れた島国の森に出たのだ。

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